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ひさしぶりのわが家
救急車で運ばれてから約2ヶ月半ぶりに我が家へ帰ってきましたよ。
おかげさまで、お天気にも恵まれた2泊3日でした。
車椅子が借りられたおかげで散歩に出ることもできました。
初日は近所で行われていた「市民まつり」のバザーへ、2日、3日めはいつもの海岸の入り口まで行ってきました。  むこうにはヨットも見えます。
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この車椅子、べつにオフロード仕様ではありません(笑)。ほとんどスタッグしながらも、どうにか砂浜のはなまでやってきました。スピーディーもゆっくりと足並みを揃えて歩きます。
Hさんとダブルピース。
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家の中ではほとんど身動きがとれませんから、この3日間にしたことといったら、1回コーヒーを淹れたこと、パンを切ったこと、スピに水を入れてやったこと、雑巾をあらったことぐらい.....ごはんはYさんに作ってもらいました。2ヶ月半ぶりのビールとハモンセラーノ、オリーブオイルとにんにくのきいたボンゴレビアンコ、きゃべつ畑のさくらんぼのクラフティーなどをたんのうしました。

Hさんとは、オセロやドンジャラをしたり、図鑑「大むかしの生物」の索引から適当な名前をあげ、それがどんな生き物かを想像してあてるクイズをしたりしました。(たとえば「ハルキゲニアは?」「水中に棲んでる虫みたいなの」とか、「ヒッパリオンは?」「ヒヅメが3本ある馬みたいなの」といったように.....)


そんな土曜日の午後、とても悲しいしらせが届いたのです。私の入院生活を支えてくれている両親の愛犬エルが、虹の橋を渡りました。1才7ヶ月というあまりに短い一生でした。

アイリッシュセッターらしい元気のかたまりみたいなエルは、スピと10日違いの女の子で、私の入院にともなうスピーディーの預かり生活の間も、2匹でガウガウ遊び、遊び疲れると一緒に水を飲んで眠るといったいいコンビでした。ついひと月前に病院の玄関で会ったときも、しっぽと一緒におしりまで振り、体中で喜びをあらわしていたエルなのに...。信じられません。

エルが体調を崩したのは、私の創外固定を抜く手術の日、母とスピをこちらに送り届け、埼玉の家に帰ってすぐのことでした。急に食欲が落ち、元気がなくなり、心配した父が病院につれていったときには、すでに貧血が進んだ状態でした。そのまま入院した、ときいたときは、スピと母がこちらに来てしまい急激に生活が変わったことによるストレスが原因かと思いました。

ところが、「免疫介在性溶血性貧血」という難しい病気だったのです。自らの免疫システムが自らの赤血球を壊してしまうため、ひどい貧血をおこしてしまう病気です。すぐに治療がはじまりました。治療にはステロイドや免疫抑制剤が使われたようですが、なかなか赤血球の数値が上がりません。グレートデンの血を輸血してもらったり、スピーディーをつれていって200ccほど輸血したりもしました。輸血をすると少し数値も上がり、元気も出るのですが、しばらくするとまた下がってしまいます。ヒト免疫グロブリンも使いましたが、数値はなかなか上がってくれませんでした。

獣医の先生が「死んでもおかしくない」というほどのぎりぎりの数値で、それでもエルは頑張っていました。栄養剤の点滴を受け、ささみや馬肉を手から食べさせてもらって食べました。朝や夕方、父が会いに行くと、立ち上がってしっぽをふる日もあったそうです。週末には母も埼玉に帰って、病院に会いに行きました。そんな闘病生活が16日間続きました。

精一杯がんばったエルは、土曜日の夕方、静かに家に帰りました。重い病気にもかかわらず、エルはやすらかな、本当に眠っているような顔だったそうです。一晩を家で過ごし、昨日、最後のお別れをしました。私たちは立ち会うことができませんでした。Hさんと、エルに贈る言葉をファクスで送りました。エルは先代犬ジンジャーの眠っているところへ旅立ちました。もう苦しいこともつらいこともない、自由になったんだね。

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父母の気持ちを思うと、言葉もありません。このような状況の中、母にこちらに来てもらわなければならなかったこと、そして、またすぐにこちらに来てもらわなければならないことが心苦しく、エルにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんね、エル。寂しかったよね。そして、いままでありがとう。
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by saltyspeedy | 2007-11-25 16:57 | 特別なこと
外泊許可がでました!
明日から3連休でリハビリが休みになるので、2泊3日で家に帰ってきます。
足をつかないようにとりあえずギプスをつけてもらい、松葉杖と車椅子を借りてではありますが...オウチガダンダンチカクナル!来週には装具もできあがります。
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by saltyspeedy | 2007-11-22 12:10
足首の角度
術後のリハビリは、痛い注射とともに始まりました。
固定が長かったので、足首の血行が悪くなり、血栓ができたりすることがあるのだそうです。
リハビリを始めて足首を動かしはじめると、血栓は血管を通って移動し、脳血栓や肺塞栓をおこす可能性があるため(いわゆるエコノミークラス症候群というのと同じこと)、血栓溶解剤(ヘパリン)を予防的に注射することになりました。一日2回。これが痛いのなんのって。

足をついて歩いていないと、足の裏側の腱が縮んでひっぱられ、足先は下を向いてしまいます。下を向いた状態(爪先立ちのような状態)の足を、足の裏をぺったりとついて立ったときの90度の状態まで曲がるようにしなければ、装具をつけたときにかかとが浮いて具合が悪いことになります。歩を進めるためには、さらに曲げなければなりませんが、まずはこの90度を目指すことになりました。

リハビリの先生が慎重に足裏を押して足首を曲げます。想像したほど痛みはありません。
さらに曲げていきますが足首は拍子抜けするほど痛くなく、あれ、もしかしかして楽勝?と思った矢先、土踏まずの親指側の筋?がビキーーーーーン!と痛み、ビリビリしびれ、予想に違わぬ悶絶タイムがやってまいりました。
ふーーーーー

このごろは90度近い角度まで曲がるようになり、悶絶タイムは日に日に減ってはきています。
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by saltyspeedy | 2007-11-19 13:41 | リハビリ
創外固定を外す
明日、8週間(約2ヶ月)にわたって足首を固定してきた金具(創外固定)を外すことになりました。「外す」といっても、ストロー位の太さの金属棒4本が、親指のつけねの部分、くるぶしの下側のかかとの骨、脛の骨2箇所に深々とねじこんであるため、脊椎麻酔をして抜かなくてはなりません。麻酔をするのでいちおう「手術」ということになりますが、ごく簡単なものだそうです。
砕けた骨は、そうそう元通りにくっつくものではなく、今の段階ではまだ、体重をかけるとぐしゃっとつぶれてしまうそうで、金具を外してからも、しばらくは足をつくことができません。その期間は順調にいけば3ヶ月といわれていますが、定期的にレントゲンで確認しながら、慎重に判断する必要があります。一度つぶれてしまった骨は元にもどらないからです。
そのため、当面は、足首に体重が直接かからなくする装具を作ることになりました。装具をつければ、足をつけるので、家事などすることもできます。退院が可能になります。
今後、装具ができるまでに、固定で固くなった足首を動かすリハビリ、落ちた筋肉を戻すための筋トレ、松葉杖の練習などにはげみ、その後、装具をつけて歩く練習をひととおりしたのち、退院となります。あと、ひと月といったところです。その後は通院してのリハビリです。
海水に浸かってしまった開放(しかも粉砕)骨折という思いのほか大きな怪我で、当初は、感染による切断という最悪の事態も危ぶまれましたが、それはどうにかまぬかれることができました。骨折の中では、最悪の部類だったのです。先はまだ長いですが、じっくり治していこうと思います。
さあ、明日は手術だ!
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by saltyspeedy | 2007-11-05 12:04