カテゴリ:特別なこと( 14 )
今も続いている。
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NHKスペシャル「南相馬 原発最前線の街で生きる」を見た。

緑深い森でモリアオガエルが産卵する。
山裾にのびるあぜ道でオニヤンマが羽化する。
ふるさとの川にサケが溯ってくる。
しかしこの一年、その美しさを誰も口にしなかった。
福島県 南相馬市
去年三月、ここに一本の境界線が国によって引かれた。



里山の桜、緑したたる森、青田、ヒマワリ畑、たわわに実った柿や栗。
季節は変わらず移ろうのに、変わり果ててしまった。
今も続いているのだ。「収束」ってなんなんだ !?

淡々と、時に絞り出すように、語る。
嘆き、つぶやき、愚痴、叫び。
ただ黙して見るのみ。

それにしても国会質疑中継のお粗末さにはクラクラする。
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by saltyspeedy | 2012-03-09 23:18 | 特別なこと
After 3.11
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      どこに住んでいても安心して子どもを遊ばせることができる日が訪れますように。
      (写真はHさんではありません)



あの日を境に世界は大きく変わってしまった。
何をしても心から楽しめるということはないし、
海へ散歩に行っても、そこかしこに被災地の惨状を重ねて見てしまう。
そんな毎日が続いている。

こうしている今も、福島第一原発で取り返しのつかないことが進行している。
このひと月の間に、空気、水、土、作物、海、魚…あらゆるものを汚してしまったし、これからも汚し続ける。しかも、その汚れは目に見えないのだから厄介だ。

今回のことで、多くの人が「原発は安全ではない」ということに気づいた。
『最悪のシナリオ』とは、近い将来、事態に一応の収束をみることができたとして、
この「気づき」を再び埋もれさせてしまうことだ(それが一番ありそうでこわい)。

初期の緊張が去ると、慣れがやってくる。
目に見えない上ただちに影響がないのだから、危機意識もやがて薄れる。
そうならないためにはどうしたらいいのだろう。


「いま私たちにできること」
本当に必要な情報は何かを見極めよう。
喉元過ぎても忘れないようにしよう。
考え続けるのをやめないようにしよう。
たとえ時間がかかったとしても原発を止めよう。

こういうことこそ、CMで繰り返し流してほしいものです。


さて。
3月、Hさんは小学校を卒業し、誕生日がきて12歳になりました。
4月から、もう中学生です。スピも誕生日がきて5歳になりました。
今日は統一地方選。こんなときに…と、ぼやいていても仕方ない。
投票には行って責任を果たさなくては。

・・・と書いて投票に出かけましたが、なんだか残念な結果に。
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by saltyspeedy | 2011-04-10 13:21 | 特別なこと
あの日
あの日(3月11日14時46分頃)、地震とともに停電したため、どこで何が起きているのかわからぬまま、とにかく津波が心配で、スピと一緒にHさんを迎えに学校へ行きました。

信号も消えていて携帯もつながらず、情報がない中、余震、サイレン、防災無線、騒然とした雰囲気、その上私の不安が伝染したのでしょう、スピはパニックをおこして暴れ馬のように跳び回り、抑えるのが大変でした。リードを緩めると助走をつけるようにして思いっきりダッシュしようとするので、体ごともっていかれそうになります。かと思うと今度は激しくあとずさりするので、首輪が抜けるのじゃないかとヒヤヒヤします。こんな状態でリードから放れてしまったら、間違いなく道路に飛び出して車に轢かれてしまう。キグチコヘイのように、死んでもラッパ(この場合リード)を離してなるものか、避難が必要なら迷わず車を使おう、と決意しました。

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by saltyspeedy | 2011-03-14 22:40 | 特別なこと
サモア島の歌
未明、サモア島を地震と津波が襲った。海に面した美しい町や村は壊滅的な被害を受け、多くの死者やけが人が出ているようだ。胸が痛む。私はサモアに行ったことなんてないけれど「サモア島の歌」が大好きで、「サモア島の歌」の歌詞を思ったら涙が出てきた。

青い青い海だよ 雲ない空だよ サモアの島常夏だよ 高い高いやしの木 大きな大きなやしの実 サモアの島楽しい島よ 青い青い海だよ 海また海だよ サモアの島常夏だよ 白い白いきれいな 浜辺の広場だ サモアの島楽しい島よ 風は吹く 静かな海 鳥がとぶとぶ 波間をゆく ララ船出を祝い 無事を祈る みんなの声が 追いかける

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    2009.9.26撮影

同時に、太平洋側のほぼ全域に出された津波注意報に戦々恐々とした一日でもあった。もし最大50cmという予測が外れ、チリ地震や北海道南西沖地震のような大津波がやって来たらうちなんてひとたまりもないだろうから…。かつて三陸地震津波で死者2万2000人という甚大な被害を出した大船渡市は、今回いち早く住民を避難させた。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、海岸地域において津波から生きのびるために必要な「津波の知識」を。

防災システム研究所「津波の知識」
(大切な命を守るためにきっと役立つと思い、リンクさせていただきました。必読)
↓どうしても時間がない人もこれだけは。 特に3、は憶えておいて下さい。

◆山村武彦の津波防災三カ条(以下、上記ページからの引用です)
1、「グラッときたら、津波警報」
地震の揺れを感じたとき海岸線にいたら、津波警報と思って直ちに高台に避難することです。津波や洪水は「避難に勝る対策無し」なのです。それに観光地だからといって油断は禁物です。地球はそれほど優しい星ではありません。どこにいても「絶対安全はないのです」安全確保はセルフディフェンス(自助防衛)で確保するしかないのです。

2、「波が引いてから津波が来るとは限らない」
津波はいつも同じパターンで来るとは限らない。一度引いてから押し寄せてくる津波もあれば、いきなり高波が襲ってくる場合もあります。常に最悪を考えて行動すべきです。

3、「高台にまで避難できそうもなければ、鉄筋コンクリート造りの二階以上に避難せよ」
過去、40年間災害現地調査を実施してきた。津波災害も多数見てきた。そして、どこの津波災害現場でも鉄筋コンクリート造り二階以上に避難した人は助かっている。だから、海岸線にいて高台まで避難できそうもないときは、そうしたビルの二階以上に避難させてもらうことである。伊東市などでは海岸線にあるビルの協力を得て、緊急津波避難ビルを準備し表示している。それこそ実践的防災対策といえる。そして、観光客の多い海岸線にはそうした「津波シェルター」が100mごとに必要である。
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by saltyspeedy | 2009-09-30 22:14 | 特別なこと
1461日
3/7はgingerの命日だった。もう4年になるんだね・・・
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日中、気持ちよく晴れていた。午後になって空を雲が覆った。
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Blue in Blue の夕刻。寝ころんで見るもまたよきかな。
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by saltyspeedy | 2009-03-07 23:59 | 特別なこと
公園墓地の紅葉
土曜参観の振り替え休日でお休みのHさんと一緒に、お墓参りに行ってきた。スピもしっかりお供(留守番できないから)。ケヤキ並木はもう落葉になり、落ちるそばから掃き集められていた。ここには横須賀の(Yさんの)祖父母と父が眠っている。
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先週金曜日の朝、私の父方の祖母が他界した。99歳だった。眠ったまま、朝になっても起きなかったそうだ。もう十何年(二十年近く)も会っていなかった。「行こう」と決めさえすれば、いつだって行けたはずなのに…。会いに行くのなら、生きてるうちに行かなくちゃだめだ。

24日はエルの命日だった。もう、なのか、まだ、なのかわからないけど、一年が経った。
一日、いなくなった人たち、いなくなった犬たちのことを思って過ごした。
※写真をクリックすると拡大します。
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by saltyspeedy | 2008-11-25 23:15 | 特別なこと
今年の夏
今年の夏は、夕方の海でよくお会いしましたね。
足の悪い私に代わり、スピのロングリードを持って海で遊ばせてくれたMさん。
ヘタレなスピは、足がつかなくなるとすぐに戻って来ましたが、楽しそうでした。
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              ありがとうございます。


        夏休みとはいえ、平日の夕方は静かでしたね。
        日もだいぶ西に傾き、海の家も店じまいする時刻。
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          今、あの夕方のことを思い出しています。
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by saltyspeedy | 2008-11-04 23:59 | 特別なこと
ジンジャーとエル

  きのう24日はエルの月命日でした。おーい、エル。虹の橋でジンジャーに会えたかい?

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  きょうはクリスマスです。部屋の中はあたたかく、傍らではスピが寝息をたてています。
  すべての犬たち、すべての命あるものたちが、ひとしく明るい光に照らされますように…
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by saltyspeedy | 2007-12-25 19:28 | 特別なこと
ひさしぶりのわが家
救急車で運ばれてから約2ヶ月半ぶりに我が家へ帰ってきましたよ。
おかげさまで、お天気にも恵まれた2泊3日でした。
車椅子が借りられたおかげで散歩に出ることもできました。
初日は近所で行われていた「市民まつり」のバザーへ、2日、3日めはいつもの海岸の入り口まで行ってきました。  むこうにはヨットも見えます。
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この車椅子、べつにオフロード仕様ではありません(笑)。ほとんどスタッグしながらも、どうにか砂浜のはなまでやってきました。スピーディーもゆっくりと足並みを揃えて歩きます。
Hさんとダブルピース。
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家の中ではほとんど身動きがとれませんから、この3日間にしたことといったら、1回コーヒーを淹れたこと、パンを切ったこと、スピに水を入れてやったこと、雑巾をあらったことぐらい.....ごはんはYさんに作ってもらいました。2ヶ月半ぶりのビールとハモンセラーノ、オリーブオイルとにんにくのきいたボンゴレビアンコ、きゃべつ畑のさくらんぼのクラフティーなどをたんのうしました。

Hさんとは、オセロやドンジャラをしたり、図鑑「大むかしの生物」の索引から適当な名前をあげ、それがどんな生き物かを想像してあてるクイズをしたりしました。(たとえば「ハルキゲニアは?」「水中に棲んでる虫みたいなの」とか、「ヒッパリオンは?」「ヒヅメが3本ある馬みたいなの」といったように.....)


そんな土曜日の午後、とても悲しいしらせが届いたのです。私の入院生活を支えてくれている両親の愛犬エルが、虹の橋を渡りました。1才7ヶ月というあまりに短い一生でした。

アイリッシュセッターらしい元気のかたまりみたいなエルは、スピと10日違いの女の子で、私の入院にともなうスピーディーの預かり生活の間も、2匹でガウガウ遊び、遊び疲れると一緒に水を飲んで眠るといったいいコンビでした。ついひと月前に病院の玄関で会ったときも、しっぽと一緒におしりまで振り、体中で喜びをあらわしていたエルなのに...。信じられません。

エルが体調を崩したのは、私の創外固定を抜く手術の日、母とスピをこちらに送り届け、埼玉の家に帰ってすぐのことでした。急に食欲が落ち、元気がなくなり、心配した父が病院につれていったときには、すでに貧血が進んだ状態でした。そのまま入院した、ときいたときは、スピと母がこちらに来てしまい急激に生活が変わったことによるストレスが原因かと思いました。

ところが、「免疫介在性溶血性貧血」という難しい病気だったのです。自らの免疫システムが自らの赤血球を壊してしまうため、ひどい貧血をおこしてしまう病気です。すぐに治療がはじまりました。治療にはステロイドや免疫抑制剤が使われたようですが、なかなか赤血球の数値が上がりません。グレートデンの血を輸血してもらったり、スピーディーをつれていって200ccほど輸血したりもしました。輸血をすると少し数値も上がり、元気も出るのですが、しばらくするとまた下がってしまいます。ヒト免疫グロブリンも使いましたが、数値はなかなか上がってくれませんでした。

獣医の先生が「死んでもおかしくない」というほどのぎりぎりの数値で、それでもエルは頑張っていました。栄養剤の点滴を受け、ささみや馬肉を手から食べさせてもらって食べました。朝や夕方、父が会いに行くと、立ち上がってしっぽをふる日もあったそうです。週末には母も埼玉に帰って、病院に会いに行きました。そんな闘病生活が16日間続きました。

精一杯がんばったエルは、土曜日の夕方、静かに家に帰りました。重い病気にもかかわらず、エルはやすらかな、本当に眠っているような顔だったそうです。一晩を家で過ごし、昨日、最後のお別れをしました。私たちは立ち会うことができませんでした。Hさんと、エルに贈る言葉をファクスで送りました。エルは先代犬ジンジャーの眠っているところへ旅立ちました。もう苦しいこともつらいこともない、自由になったんだね。

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父母の気持ちを思うと、言葉もありません。このような状況の中、母にこちらに来てもらわなければならなかったこと、そして、またすぐにこちらに来てもらわなければならないことが心苦しく、エルにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんね、エル。寂しかったよね。そして、いままでありがとう。
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by saltyspeedy | 2007-11-25 16:57 | 特別なこと
祖母の作品「君子蘭」
昨日、6月3日は亡き祖母の納骨式でしたが、Hの体調も思わしくなく、
往復8時間の強行軍は無理と判断し、出席を見合わせました。

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わが家にある祖母の日本画「君子蘭」。
誇らしげに咲く私の大好きな花です。

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by saltyspeedy | 2007-06-04 20:54 | 特別なこと